回想

2008年4月28日 (月)

おバカテイストも今日でおしまい

先日、回転寿司に行ってきました。

私がようやく薬剤師稼業に復帰したため、病院時代の仲間が

激励会を開いてくれたのです。

「おごってあげる~」 という甘言に乗り、目黒までのこのこ出かけて行った

のでありました。

何を隠そう、回転寿司というのは生まれて初めてです。

 (回転飲茶なら一度だけあります。)

そもそも、東京で一人暮らしを始めてから、おすし屋さんというものに

入ったことがありませんでした。

まぁ、それで特に悲しかったわけではありませんが。。。

チョコレートとは違い、おすしは何年食べていなくても平気で生きていけるのです。

しかし、チョコレートは、なくてはいけません

これ無しでは生きていかれません!!   はい、白状します。

。。。 ジャンキーです 。。。

ちなみに最近ハマっているのは、明治の

『ショコライフ ベネズエラビター CACAO60%』 ってのと、

同じく明治の 『ノワール ベネズエラブレンド CACAO63%』

ってやつ。  シアワセ 。。。 catface

たまに、明治の 『ショコライフ 塩プラリネ』 を併せていただきます。

。。。。。。 好き 。。。 catface

 (別に明治製菓の回し者ではありませんが・・・

おっと、早速脱線してしまいました。激励会のお話をしてたんでしたね。

     

集まった面々は、「」ちゃんと、「Tのスケ」ちゃんと、「」の3人。

面々といっても、3人だけですが。

U野」さんも誘ったんだけど、都合がつかなくってダメでした。

メールはしょっちゅうやり取りしているし、電話でもよくしゃべるのですが、

会うのは、な、なんと、5年ぶりです!

」ちゃんと 「Tのスケ」ちゃんは、かなり頻繁に会っているそうで、

いかに私が人付き合いが悪いか、つくづく反省してしまいました。

しかし、5年ぶりに会ったとはいえ、ふたりとも意外なくらい若い!

こういうのって、嬉しいものですね。

んン年ぶりで会った同級生が結構若かったりすると嬉しい、っていう

アレです。つまり、

「なんだ、私たち、まだ若いじゃん (^^;)!」 という確認を、

自分自身の見た目でするのではなく、

目の前に座っている同年齢の相手をもってして確認する、

ってヤツですね。

」 も 「Tのスケ」 も 「」 も、ちょっとずつ年齢が違うので、正確に言うと

「ほぼ同年齢」 ということになりますが ・・・ ( ← 「ほぼ」 強調ね!)

ふたりからは、

もう一度国試を受けなおすぐらいのつもりで毎日猛勉強するように、

そして一日も早く、

「患者さんに優しく、信頼される薬剤師」 に ちゃんと復帰するように、

厳しくも温かい叱咤激励のお言葉を頂戴いたしました。

     ハイ、ガンバリます。。。 (^^;)。

 ( Kちゃん、Tのスケちゃん、ごちそう様でした。とっても美味しかったです heart

     

ところで、ふたりとも、ブログで早く 「アレを書け」 と言うのです。

アレ」 とは、、、そう、以前私が何気なくコメント返しで書いた

病院時代の私のニックネーム」 のことです。 ( ← 2007/12/15のコメント

そういえば、そんなこと書いてましたっけね。。。ハハ。

というわけで、羽目を外すのも本当に今日までかもしれないので、

リクエストにお応えして、思い切って書いちゃうことにしました。

     

時は、1994年、秋、

「そろそろ本格的に薬剤師としての修行を開始しないと ・・・

と焦っていた私は、それまで勤めていた進学教室の正社員をやめ、

同じ進学教室で引き続き講師のアルバイトを続けながら、

就職先の病院を探しておりました。

アルバイトなら夕方以降の出勤なので、日中は職探しに出歩けたのです。

まあ、早い話が、塾講師をやめたのは、薬剤師の職探しのためだったのですが、

当時まだパソコンを持っていなかった私は、完全にインターネットの圏外にいた

ので、今みたいに手軽に、「夜中に自宅で職探し」 なんていうわけにはいかず、

日中時間を割いて、ハローワークなどに行かなければならなかったのです。

これは、1994年当時としては、わりと当たり前のことだったと思います。

何しろ 『Windows95』 以前の世の中なのですから。

この頃パソコンをやっていた人たちというのは、

(職場ではなく、自宅に自分専用のパソコンを持っていた人たちというのは、)

大抵は Macユーザーで ( Winユーザーは 「マイナ~」 な存在でした)、

まぁ、大抵は、ちょっとだけ ( というか、かなり )、「オタク」 でした。。。

 (悪く取らないでください。愛すべき 「オタク」 ってことで (^^;)。)

そういえば、カゲヤマ先生も 「Macの男」 だったな。。。
          ↑
 (塾講師時代の私の上司: 初出 2007/12/01

 (また、脱線してしまいました。 ゴメンごめん。)

     

9月、10月、11月と、足しげくハローワークに通ったにもかかわらず、

私は、なかなか 「ここぞ」 と思う就職先を見つけることができずにいました。

それというのも、「今度こそ通勤には時間をかけないぞ!」 と、

近場にこだわりすぎ、なおかつ元々求人の少ない病院を狙っていたためでした。

○○区の□□病院、、、遠いけど受けてみようかな ・・・、と、

タメ息混じりで思い始めていたころ、

たまたま買った 『とらばーゆ』 ( ← 今は懐かしの求人情報誌! 知ってる?)

で、「S病院」 を見つけたのです。

    『S病院、薬剤師急募!』

な、なんと、地元のS病院ではありませんか!

徒歩で10分の近場です。

翌日には応募の電話をし、数日のうちに面接を受け、

1週間後にはS病院の薬剤部に新人として配属されていたのでありました。。。

     

薬剤部の人たちは、仕事中はみんな真面目で、

「□□さん」 と、姓に 「さん」づけ で呼び合っていましたが、

一たび休憩に入ると、なにやらユニークな 「あだ名」 で呼び合います。

ひとりは 「ハハ」、 ひとりは 「ケケちゃん」、

別のひとりは 「タマ」 と呼ばれていたのです。

そんなある日の昼休み。

薬局へ、レントゲン技師の○○さんが遊びにやって来ました。

そして○○さんは、「ケケちゃん」 に向かって、なんと、

お嬢さま」 と呼びかけたのです。

お嬢さま」。。。

私が 「?」 と思う間もなく、「ケケちゃん」 が ○○さんに答えて曰く、

「あら、下男げなん)、お久しぶり~。 元気だった?」

妙に家庭的な雰囲気の漂っている薬局でしたが、

これをきっかけに問いただしてみるに、ある事実が判明しました。

どうやら、一人ひとりが、大家族の構成員を割り当てられているらしいのです。

ハハ」 は、一家の母親役。

ケケちゃん」 は、その娘で 「お嬢さま」。 ( ← 「」ちゃんのこと)

げなん」 は、一家に仕える住み込みの召使(下男)。

タマ」 は、飼い猫で、フルネームは 「タマのスケ」。 ( ← 「Tのスケ」です)

実は他にも色々いたのですが、公表できるのはこれだけです。。。 (^^;)。

さて、こうなりますと、新入りの2人にも

  「大家族の一員として相応しいニックネーム」 が必要だ、

ということになりました。

新入りの2人というのは、もちろん 「」 と、同時採用の 「U野」さん です。

家族構成的な位置づけから、「」 と、「U野」さん は、

飼い猫である 「タマのスケ」 よりも下位のペットに甘んじることに

なりそうでした。

もっとも最初はみんな気を遣ってくれて、正式呼称が決まるまでは、「U野さん」、

私にいたっては、「わたなべうじ渡辺氏)」などという立派な呼び名を

与えられていたのです。

そのうち、「U野さん」 は、飼いウサギの 「ミミちゃん」 という

可愛らしいポジションを与えられることになりました。

ところが、私はなかなか決まりません。

相変わらず 「わたなべうじ(渡辺氏)」 のままです。

しかし、日が経つにつれて、「わたなべうじ」 では ちょっと長い

ということになりました。

かくして、

飼い猫の タマのスケ」 が、省略されて 「タマ」 と呼ばれていたように、

私も省略されて呼ばれることになったのです。

そして、

省略されたのは、、、こともあろうに、、、のほうだったのです。。。

つまり、、、

      うじ」 になってしまったのでありました (^^;)

「うじ」 と呼ばれて、「氏」 のほうを想像できる人は、まあ幸せ者です。

しかし、まっとうな感覚の持ち主である私には、何度聞いても

「蛆」 にしか聞こえないのです

      蛆虫」 です、 「うじむし

しかも追い討ちをかけるように、薬局のみんなは、

「猫とウサギでペットはたくさん。それより、「」 が欲しかったのよね~(笑)」

などと、情け容赦のないことをのたまいます。

      やっぱり 「」 かいな。。。

下男や飼い猫でも 「・・・・・・」 と思っていたのに、

よりにもよって 「」 ですよ  「うじ」 (^^;)っ!!

「うじはやめてくれよ~、うじは ・・・」 という意味合いのことを、

新入りにふさわしい丁重な言葉で訴えてはみたものの、

そんなことを聞き入れてくれるような面々ではないのです。

      「くそぅ~、今に見てろよ。 湧いてやるっ (^^;)

そう心に誓ったのでありました。

     

以来十うん年、私は、S病院の薬剤師仲間から、

親しみをこめて(←強調ね!)、「うじ」 と呼ばれることになったのでありました。

  (注: Kちゃんは、私とふたりっきりのときには

      「わたなべちゃん」 と呼んでくれます。

      この 「わたなべちゃん」 というのは、私はわりと好きです。。。)

     

* --------------- * ** *

        *   

* * * ----------------------- * ---------------------- * ** *

     

さてさて、こんな 「おバカテイスト」 も今日でおしまいです。

カッパさんの懺悔室』 は、(そういえば)実名ブログなのでした。

新しい職場に迷惑がかかってはいけませんね。

 (まぁ、大抵、読まれはしないだろう、とは思うのですが。

  万一ってこともありますし。。。)

新しい職場では、「真面目で勉強熱心な薬剤師を貫き通すぞ!」

そう、固く決心しているのです。

そもそも、抜き差しならぬ理由により、実名でブログを始めちゃったのですが、

それが間違いのもとだったのかもしれないなぁ~、と、最近。。。ふと。。。

人間、たったひとりで生きているわけじゃないから、自分のことを書くにしても

どうしても 「自分以外の人」 に言及しないと書けないっていうのがありますね。

なんとなく差し障りがあるような気がして、

この2ヵ月近く、書けないことが多かったような気がします。

でも、今さら考えてもしょーがないですね。

「おクスリ太郎」 なんていうハンドルネームで、別ブログ新たに立ち上げようかな。。

ぬはは。  無駄な抵抗はやめよう、、。

こんなふうな言い訳めいた理由で、ここのところ更新も滞りがちだったし、

ひょっとしたら、このままひっそりと 「フェイドアウト」 ・・・

なんてこともあるかもしれません。

まあ、続けたいとは思うのですが、どうなりますことやら。。。

でも、今後も、元気で、ガンバリますっ

それだけは確かですからね~ (*^^)v

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2007年12月 8日 (土)

ビートルズを聴かずして人生を終えてはならない!(その1)

今日は、前回に引き続き、

「カゲヤマ先生」ネタ と参りましょう (^^)。

         

前回(2007/12/01)の記事でお伝えしたとおり、

カゲヤマ先生(塾講師時代の私の上司)は、再三にわたり、

ウゴウゴルーガを見るように、私に促していたのでありますが、

もうひとつ、ウゴウゴルーガよりも早い時期から、

ことある毎に、私に実行を促していたことがありました。

それは、

   「 ビートルズを聴け 」

というものでした。

              

塾講師初年度(1992年)の夏期講習が終わり、

2学期に入って間もないころ、

カゲヤマ先生は、私に訊いてきました。

                

「渡辺さん、

 ビートルズは、・・・ 聴いたことある?」

「ビートルズですか ・・・」

         

この一世を風靡した世界的ロックグループのことは、

もちろん知っていました。

有名なフレーズなら、「耳にしたこと」 だってありました。

が、「ちゃんと聴いたこと」 となると、それまで一度もなかったのです。

         

「『イエスタデイ』 と、『ビー』 と、『デイトリッパー

 の 3曲だけ、・・・ でしょうか。

 しかも、

 『デイトリッパー』 はオリジナルじゃなくて、YMOバージョンです。

 だから、聴いたことがある、とはとても言えないと思うんですが、

 どうでしょう?」

「確かに、言えないねぇ ・・・」

         

カゲヤマ先生は、苦笑します。

          

「でも、聴きたい気持ちは、ずぅ~っと前からあるんです。

 とにかく有名だし、

 たいていどこかで耳にしてるじゃないですか、

 曲のほんの一部分なんでしょうけど。。。

 いい曲だなぁ~って、よく思うんですよ」

        

私は言ってみました。

         

「そうでしょう、そうでしょう。

 聴き始めたら、ハマっちゃうよぉ~っ、

 いいよ~っ、すごく!

         

カゲヤマ先生は、

例によって半分ニヤニヤしながら、満足げにうなずき、

そして、とても熱心に、私に勧めるのでありました。

( カゲヤマ先生の目じりは、

 常にある程度笑っているのです。一応注。)

             

「でも、私、気がついたときには、

 ビートルズって、もう解散してて、、、

 ビートルズよりも、

 ずうとるび のほうを先に認識していた世代なんです」

「渡辺さん、それ ・・・、最悪の認識パターンだ ・・・、

 いや、ずうとるびが悪いわけじゃ決してないんだけどね。

 でも、頼む!

 頼むから、ビートルズのほう、聴いてみてくれ!

        

カゲヤマ先生の口調は、「熱心に勧める」 というよりは、

ほとんど 「懇願」 に近いものになり、

引き続き、熱弁をふるいます。

         

「渡辺さん、

 ビートルズはね、聴かないうちに死んじゃダメだよ!

 もちろん、できることならアルバムで聴いてほしいんだけど、

 まずは入門編として、赤盤 と、青盤 かな。。。

 それで、気に入ったらぜひ、各アルバムに進んでほしいんだ。

 サージェントペパーズ……』

 『サージェントペパーは、絶対だよ!

        

さて、私は、音楽は非常に好きで、「聴く」 だけでなく、

自分でも趣味で 「(ピアノを)弾く」 のですが、

クラシック、とりわけ ピアノ曲にばかり偏る傾向があり、

それまで、ビートルズの曲を 「ちゃんと聴いたこと」 など、

一度もなかったのです。

ただ、いつか、ちゃんと聴いておきたい」

と思っていたことも、本音でした。

何しろ、多くの有名・著名人が、

「ビートルズに影響された」 と、いろんなところで言っているし、

ときおり 「垣間聴く(かいま・きく)」 そのフレーズは、

クラシックに偏りがちだった私でも、「いい曲だなぁ~」 と、

思っていましたから。

しかし、それをしていなかったのは、なぜか?

それは、ごくごく単純に、

「お金と時間がなかったから」 であります!

CD購入となると、ついついクラシックを優先的に選んでしまい、

それを買ってしまうと、金銭的に余裕がなくなって、

「また今度にしよう ・・・ と。

そのくり返しで、

ビートルズのことは、先へ先へと延び延びになっていたのです。

これはなにも、ビートルズに限ったことではなく、私の場合、

クラシック以外の他ジャンルについても、常に言えることなのでした。

たとえば、ピアノ好きの延長で、ジャズにもすごく興味があって

学生時代には、オスカーピーターソン とか、

ビルエヴァンス、 チックコリア

日本人アーティストでは 小曽根真(おぞね・まこと)さん など、

「ちょびかじり」 はしていたのです。

しかし、ジャズといっても、クラシック同様、何しろ膨大です。範囲が。

とてもじゃないけど予算がない、というのが実情でして ・・・。

仮に一度にドバーっと、何枚も買える経済力を持っていたとしても、

「ちゃんと聴く」 には 「時間がかかる」 ものなのであります!

つまり、クラシックだけで手一杯だったわけなのです。

        

こんな事情で、

私はなかなかビートルズを買わずにいたのですが、

カゲヤマ先生は、へこたれず、

ちょっとずつハードルを下げながら、熱心な勧誘を続けます。

          

「アルバム揃えて全曲聴けとは、もちろん言わないよ。

 ・・・ でもね、 赤盤青盤 は、何が何でも聴いてほしいなぁ~。

 ことにね、青盤は、必須だ!

           

そうは言われても、

その当時、私には、ほかに買いたい七つ道具がいろいろと

ありました (まぁ、趣味の方面で ・・・ いろいろと)。

結局、

ビートルズを聴いてみるように勧められてから、なんと1年もの間、

勧告を実行せずに放置していたのであります (^^;)。

その間、カゲヤマ先生は折に触れ、

   「ウゴウゴルーガは見たか~?」、

   「ビートルズはどうした~?」

と訊き、

そのたびに私は、

   「エヘヘ ・・・ (^^;) 」

と、お茶を濁していたのでありました。

         

しかし、塾講師2年目、1993年の秋、

ついに私は、赤盤購入をたすのであります!

         

さあ、これを読んでいる皆さん、

   「なんで、赤盤だけ

    どうせなら青盤もいっしょに買ったらいいのに!」

と思ったでしょう?

もちろん私だって、同時購入の予定でCDショップに行ったのですっ!

しかしですね、早い話が、

「お金が足りなかった」 のでありました (^^;)。

私が買った1993年当時、赤盤の値段は、4700円もしたのです()。

同時に買わなかったため、当時の青盤の値段は今でも知らないのですが、

おそらく赤盤と同じく、4700円だったろうと思います。

青盤は、また今度にしよう ・・・

ついつい、いつものように、そう思ってしまう私。

ああ、哀しきかな、金欠病患者!

その後、10年以上、青盤を買わないことになるとは ・・・、

・・・ ちょっと予想できたことではあります。。。 (^^;)。

(いやぁ~、それにしても、貧しい話で申し訳ありません。ハハ。)

             

とにもかくにも、やっとのことで、赤盤を購入。

聴いてみて、私は ・・・・・・、

強烈なカルチャーショックを受けたのであります!

   「 イイ !  スゴクイイ !! 」

そして、

「あ、これ知ってる。 あ、これも、知ってる!」 と、

かなりの曲をどこかで聴いていたことが分かり、嬉しくもなりました。

1週間ほどじっくり聴き込んだあとで、

私は、カゲヤマ先生に報告しました。

         

「カゲヤマ先生!

 ついに赤盤、買いましたよ!」

「ホント? そりゃでかした!」

「もう、毎晩聴いてます!

 『エリナーリグビー』 なんて、何度も 何度も リピートして、

 これ1曲だけで、もう4晩も費やしているんです!」

「そうでしょう、そうでしょう~ (^^)!」

         

いつにもまして カゲヤマ先生は目じりを下げ、

実に満足そうに ニヤニヤするのでした。

             

実際のところ、

しばらくの間は、クラシックそっちのけで、赤盤の2枚を

聴きまくる日々が続いたのです。

それまでほぼクラシックだけで生きてきて、

そっち方面の嗜好ばかりを開発してきた私は、

イエスタデイ』 はもとより、

上でも書いたとおり、『エリナーリグビー』、

そして、『ミッシェル』 などには、当然、強いアトラクションを感じました。

ところが、

赤盤全曲を 「熟聴き」 することで、

それまで磨かれていなかった自分の 「別の好み」 をもまた、

知ることとなりました。

それは、つまり、

   「私、ひょっとしたら、、、エレキが好きかもしれない!
                   ↑
               (エレキギター)

というものです。

         

アイフィールファイン』、 『デイトリッパー』、

ドライヴマイカー』、 『ペイパーバックライター

などのイントロを聴くと、

一気に体温が5~6度上昇する感じがあるのです。

(『デイトリッパー』、『ペイパーバックライター』 については、

 10度上昇といっておきましょう!)

心臓もドキドキし、何やら血が沸き立つような、、、

うぅ~む、

体温上昇、心拍数増加、血流増大 ・・・、

これって、交感神経興奮時の身体反応ではないですか (^^;)!

ピアノであれ、ギターであれ、やっぱり アコースティックが好き

なのは、今でも変わりませんが、その一方で、

   電気的に増幅された音というのは、

   より強く人の肉体に働きかけるパワーがあるな!

と、身をもって感じたのでありました。

(他に、強烈なリズムなどにも、要因はあるのでしょうが。。)

       

また、

それまでビートルズの代表曲といったら 『イエスタデイ』 なのだろうと、

勝手に思い込んでいた私は、

それが実は、深く知らないことによる思い込みで、

   イエスタデイは、

    ビートルズの曲としてはかなり異色のものである」

ことをはじめて知り、

目からウロコの思いだったのであります (耳から かな?)。

イエスタデイ』、『ミッシェル』、『エリナーリグビー』 の3曲は、

どれもこれも、タマラナク好きな曲ですが、

   「これらをもってして、ビートルズの曲と思ったら、

    それはちょっと違うのだろうなぁ ・・・」

と、認識を新たにしたわけなのでした。

        

かくして私は、カゲヤマ先生の期待を裏切ることなく、

赤盤に夢中になったのでありますが、

その勢いに乗って青盤も買ったか ・・・、というと、

ついにその運びにはならなかったのであります。

それはひとえに、

持病の 「金欠病」 の経過が思わしくなく、

悪化の一途をたどっていたためでありました。

        

さてさて、1994年、夏の終わり。

私は、塾講師最後の日を迎えることとなります。

私の塾講師時代は、丸3年に満たない短いものでした。

ついに職を去るというその時になって、

カゲヤマ先生は、私に言いました。

         

  「渡辺さん、ウゴウゴルーガのことはもういいよ(笑)。

   でもね ・・・、青盤は 必須だ!

   青盤を聴かずして 人生を終えてはならない!

        

そして、そのあと、

  「できれば、サージェントペパーズ ・・・ も!

           

と 付け加えることを、

決して忘れないカゲヤマ先生なのでありました。

         

     「その2」 に続く (^^)。)

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2007年12月 1日 (土)

「プリプリはかせ」 という名前だったのか!

リカちゃんとタロウくん』 の形式上の主人公は、もちろん、

リカちゃんと、タロウくんです。

しかし、事実上の主人公は、先生役のカッパさかもしれません。

何しろ、『リカちゃんとタロウくん』 全編にわたり、

一番セリフが多いのは、このカッパさんで、かなりの部分、

ひとりでしゃべりまくっている印象があるからです (^^;)。

         

先生役のカッパさんは、

   「時空を自由自在に移動できる超存在」

という設定です。

カッパさんが、この能力を持っていたおかげで、

紀元前ギリシャ人のポリゴンとか、

紀元5~6世紀ころのインド人、マーナンダ大先生とか、

現代日本に生きるリカちゃんとタロウくん、などを混在させて

話を進めることができました。

空想する精神を大切にしたい私としては、

カッパさんは、

   「ワームホールを利用して、時空を自在に行き来できるのだ

と、そんなふうに考えたいのであります (^^)。

             

さて、

ワームホールを通り抜けて時空を移動するのはよいとしても、

では、その 『現れ方』 と 『没し方』 は、

            どのようにしたらいいだろう ・・・

   空中から唐突にパっと現れて、

   去るときも、パっと消えて見えなくなる、

というのも悪くはないのですが、

それじゃぁ、ちょっと芸がなさ過ぎるしなぁ。。。

何かもうちょっと、『印象的な出没の仕方』 はないものだろうか

パソコンのディスプレイを前に、しばし考え込む私。

   「 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

何も出てきません。

時間ばかりが経過します。

   「 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・、 ○○の考え休むに似たり。。。」

自分をイジメるような慣用句しか思いつかないのであります。

なけなしの知恵を絞り出そうと、

あぶら汗を流しながらフンバっていると、

           ・・・・・・・・・・・・  ついに、  

思いつきました!

   ( いやぁ、ひねり出そうとして無理やりフンバっていると、

    ひねり出てくるもんですな! ○○コ みたい (^^;)。)

     

   「 そうだ! 便器

    黄金の便器の中から現れて、

    『黄金の便器の中に飛び込んで消えていく、

                           ってことにしよう

     

ワームホールの入り口出口』 として、

黄金の便器』 を小道具に使うことを思いついた私は、

   「なんだかスゴクいいアイディアが浮かんだ (^^)!」

ように錯覚し、ディスプレイの前で小躍りして喜んだのですが、

今にして思うと、

フンバった挙句に出てきた小道具が 『便器』 であったというのもナンですし、

さして独創性が増したわけでもなかったようです ・・・

とにもかくにも、そのとき私は、

ある人物の言葉を思い出していたのでありました。

長いこと識閾下に沈潜していた、ある人物のアドバイスが、

にわかに顕在意識に浮上してきたのです。

その 「ある人物」 とは、

   ・・・・・・・・・ お名前を、カゲヤマ先生」 といいました。

                 

さてさて、カゲヤマ先生」 とは ・・・

「百ます計算」 などで有名な、

あの陰山英男(かげやま・ひでお)先生では、

もちろん、ありませんっ (^^;)! 全くの別人です! (←強調!)

   (「かげやま」の「かげ」の正しい文字が、どうしても出ず、

    最も形の似ている文字を選びました。

    かげやま英男先生、申し訳ありません。m(__)m )

便器による出没を思いつくキッカケを与えてくれた 「カゲヤマ先生」 とは、

私の塾講師時代の上司であったところの、「カゲヤマ先生」 なのです。

             

私は、1992年の4月に、東京都内のある弱小進学教室に

算数・数学の講師として採用されました。

初めの数ヵ月間は研修期間であり、

N教室と、F教室の2ヵ所を、行ったり来たりしていたのですが、

2学期以降、F教室の講師としてほぼ定着することになりました。

その F教室 で、当時、教室長をなさっていたのが、「カゲヤマ先生」

だったのです。

カゲヤマ先生は、生徒に対しても、部下に対しても、

うるさいことを何一つ言わない穏やかな先生でした。

そのカゲヤマ先生が、2学期も終わりに近づいたあるとき、

私に訊いてきたのです。

           

   「 渡辺さん、

    『ウゴウゴルーガ』 って、知ってる?」

   「 ・・・、ウゴウゴ ・・・  何ですか?」

     

私は、知らなかったこともあり、よく聞き取れず、訊き返しました。

     

   「 あのね、

    『ウゴウゴルーガ』 っていうテレビ番組があるんだけどね ・・・

    子供向けの番組のくせに、すごくセンスがいいんだ!

    番組中に短いコーナーがあるんだけど、

    『ウンコはかせ』 っていうキャラクターが出てくるんだよ。

    トイレの中から突然現れてさ、、、

    気の利いたセリフ、吐くの

    で、用が済むと、サーっと流れていくんだ。

    ウンコがしゃべるんだよ 渡辺さん (笑!)

    今の子供たちは、ああいうの見て、日々センスを磨いてるから、

    現代っ子を理解するには必須だと思んだ、僕は。

    その意味で、渡辺さんにも、ぜひ見てほしい思う。

    僕は今まで、他の教室長みたいに、ああしろ、こうしろなんて

    何も言ってこなかったわけだけど、

    これは、上司からの助言と受け取ってほしい。

    必ず 渡辺さん自身のためになるから、

    朝早い番組だけど、がんばって見てみてよ!」

     

ニヤニヤ笑いながらも、カゲヤマ先生は、

ウゴウゴルーガ』 を見るように、熱心に私に勧めるのでありました。

           

ウンコはかせ、、、

ウンコがしゃべる。。。

そうか!

  ウンコが捨てゼリフを吐いて、トイレの中をサーっと流れていくのは、

  センスがいいことなのか

少なからずカルチャーショックを受けた私は、

かなり本気で、 「 ウゴウゴルーガを見よう!

と、決心するのです。

・・・・・・・・・ が、 結果から申しますと、

ついに、ただの一度も見ることはなかったのでありました。

それは、なぜか?

それは、

当時私が送っていた生活パターンに原因がありました。

その生活パターンを、今ここで、暴露いたします ・・・

              

まず、夜9時に授業が終わります。

その後、生徒からの質問を受けたり、

学校であった話題などで生徒たちと賑わったりで、20~30分。

9時半を過ぎると、生徒たちにそろそろ帰るように促します。

そして、教室内のお掃除などを済ませ、

教室を出るのは、だいたい夜10時くらい。

それから、KO線に連絡する都営S線電車で西に移動し、

当時住んでいたS区のCK山駅に到着。

   ( 頭文字で伏せる意味がほとんどありませんな (^^;)。)

帰り道にあるコンビニに立ち寄って、お弁当を買い、

部屋に辿り着くのは、大抵夜11時過ぎ。

タイミングよく電車に乗れないこともありましたから、

ドア to ドア で、どうしても1時間強はかかってしまうのでありました。

やれやれ ・・・、 とばかりにテレビをつけ、

「トゥナイト」 と 「ギルガメッシュないと」 を見ながら、

買ってきたお弁当を食べます。

・・・ と、 ここで一応注。

私は、毎晩のように 「ギルガメッシュないと」 を見ていたように

思っていたのですが、

   ( しかも、「トゥナイト」 → 「ギルガメ」 と、一晩で、2番組を

    立て続けに見ていたような気がしていました。)

今ネットで調べてみると、

「トゥナイト」 は月~木であった可能性が高く、

「ギルガメッシュないと」 は土曜日だけの放送だったのですね。

人間の記憶とは当てにならないものだなぁ。

じゃあ、金曜日はいったい何を見ていたんだろう?

・・・ ま、そんなことはどうでもいいか。。。

「トゥナイト」 もしくは 「ギルガメ」 を

最後までしっかり見終わってから、おフロに入り、

そのあと、ぬれた髪を自然乾燥させつつ、

翌日の授業のために、猛勉強を開始します。

   ( 本当です(必死)!

    「ギルガメ」 の翌日は日曜日ということになりますが、

    翌日授業がなくても、基本的に毎晩やっていたのです。

    まぁ、たまにはやらなかった日もあったとは思いますが (^^;)。)

猛勉強は、朝の6時くらいまで続きました。

カーテンの下のほうが明るくなってくると、

「お、朝だ、、、そろそろ寝るか。。。」 と。

お昼の1時までに出勤しなくてはならなかった私は、

1時間の移動時間を考えると、午前11時には起きねばならず、

早朝6時に、余裕こいてテレビなんぞ見ている場合ではなかった

のであります

   ( なんと、ウゴウゴルーガの放送時間帯は、朝6時台でありました。)

と、ここまでダーっと書いてきて、

「なんちゅーオヤジ生活であったことか!」 と、

我ながらチト哀しくなった。

今でこそ○十代に突入してしまったとはいえ、

当時の私は 20代、 性別は 「F」 です、「F」! 再び注。

   ( それにしても、トゥナイト司会の利根川さん、癒し系だったなぁ~、

    なつかし。。。)

           

結局私は、

カゲヤマ先生のアドバイスを実行することがどうしても出来ず、

そうこうするうちに、『ウゴウゴルーガ』 の放送は

終了してしまったのでありました。

ウンコはかせ』 のことは、次第に私の表層意識から薄れ、

記憶の奥底へと沈んでいったのであります。。。

その十数年後に、『リカちゃんとタロウくん』 を書くに至り、

   カゲヤマ先生のアドバイスは、突如息を吹き返し、

   カッパさんの大切な小道具である 黄金の便器

   を思いつくキッカケとなった

のでありました。

   ・・・・・・ が、、、

あの当時、どうしてそれが予測できたでしょう

それほど重要なアドバイスだったなんて

夢にも想像できなかったなぁ~ (^^;)

そして、今この記事を書くにあたり、いろいろ調べた結果、

遅ればせながら 『彼の本名』 を知ることとなり、

ちょっとした感動を禁じえなかったことを付け加えておきます。

               

そうか!

   プリプリはかせという名前だったのか

   『ウンコはかせだとばかり思ってた。。。。

         

もっとも、

今こうして 『プリプリはかせ』 を知るに及んで、

「やっぱり、テレビ見てなくて正解だったな ・・・ と。

あのですね、

これは別に、『プリプリはかせ』 にガッカリしたのではありません。

逆です逆!

気に入り過ぎちゃったのですっ!

もし、はじめから プリプリはかせを知っていたら、

あまりにそのイメージが強烈で、

私の場合、きっときっと、これに影響されて、

主人公をウンコにしてしまったに違いないのです

いくらなんでも、

記念すべきデビュー作の主人公がウンコってのは ・・・

               ・・・・・・・・・  ナンじゃないですか (^^;)。

ああ、見てなくて良かった

             

今日は、カッパさんの出没の仕方を思いついた経緯を

語るだけのつもりだったのですが、

期せずしてウンコネタに終始することになってしまいました。

   「 青少年のための優良サイトを目指そう!」

との、初回の決意もどこへやら。。。

6回目にして、早くも、この体たらく ・・・、 トホホ。

                 

しかし、気を取り直して、最後に締めの言葉をひとつ。

           

皆さん、

これを読んでいる皆さんの中には、

将来お医者さんをはじめとして、看護師さん、その他、

医療系を志す方々も多くいらっしゃることと思います。

時に壮絶な場面に遭遇すること必至であり、

険しく厳しい職種ではありますが、

素晴らしいお仕事ですよね。  尊いです。  本当に。

人間の何たるかを、

極めて若いうちから目の当たりにすることになるでしょう。

だから、 どうか、

覚悟しておいてください!

人間は、 所詮、

ウンコ おしっこ ゲロゲロ なのです!     ああ!

| | コメント (0) | トラックバック (0)